醒井七湧水

水澄(きよ)く緑あふるる歴史の故郷

”忘れなさるな 醒井まちは 南霊仙 北伊吹” 野口 雨情作

 

「野口雨情…1882~1945 茨城県生まれの詩人。民謡、童話作家として活躍 ”しゃぼんだま” ”七つの子” ”雨降りお月さん” 等たくさんあります。」四方を山々に囲まれ、水満ちて木々はよく繁り、いたる所より湧き出でる清水は、古来より中山道の憩いの場や宿場町として栄えた街道を往来した旅人達が、喉を潤しただけでなく、浮き世の汚濁をも洗い流してきたことでしょう。

 
”結ぶ手に 濁る心をすすぎなば 浮き世の夢や 醒井の水” 阿弥陀昨

 

日本書紀や古事記に伝わる伊吹山の日本武尊(ヤマトタケルノミコト)と醒井の居醒めの清水、伊吹山の雄大なお花畑と湧水のシンボル、梅花藻やハリヨ、ホタルをつなげて、食の安全、安心の虹鱒料理のおもてなし、醒井養鱒場へのお誘いとしたのが、醒井七湧水のはじまりです。

 
古来より中山道を旅する人が飲み水として喉を潤しただけでなく、人の心も綺麗に洗い流すという、美味しい水を大切にしてゆきたいという願いから、歴史や伝説にまつわるゆかりの湧き水を、野口雨情の唄の調べとともに、≪幸せを呼ぶ醒井の七湧水≫となずけました。これらの豊かな水は私たちの大切な生活用水はもちろん、農業用水として五穀豊穣をもたらし美味しい江州米を実らせ、又、産業、工業用水として地場産業を育むなど、豊富な水に囲まれている私たちはこの上ない幸せを感じます。こういった至る所の湧き水も、四方の山々の緑の木々が豊かな水を育んでいるのではないでしょうか。

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居醒の清水醒井の街道筋を流れる地蔵川の源流で、日本武尊が伊吹山の大蛇の毒気に当たったとき、その高熱をこの清水で癒したところ熱がひいたというゆかりの湧水。その清流に棲息する梅花藻。清水や湧水にしか生息しないというハリヨ、イトヨの生態は非常に珍しく、不思議なかわいい淡水魚の故郷でもある。”湧いてつきない居醒の清水軒端伝いにながれゆく”
(野口雨情)
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十王水浄蔵貴所が山の岩石の下を凹めたところこんこんと水が湧き出ています。”毛槍先箱昔をしのぶ いまになつかし中山道”(野口雨情)
   
西行水(子授かり水) 一目ぼれした茶屋の娘が、西行さんの飲み干した泡の茶を飲んだところ、身ごもり男の子を出産した。仔細を聞いた法師は「まこと我が子なら元の泡にもどれ」と呪えたところ泡に消えたという。
”西行さんでも浮名を残す今に伝わる泡児塚”(野口雨情)
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tenjinnsui 天神水(知恵の水) 枝折川の源流でもある天神水は菅原道真公が祀られ、今も子供による「天神祭り」が行われ賑わう。
   
いぼとり水 天台座主第13世法性坊尊意の初洗い水に魅せられた旅人が思わず手にすくって飲んだところ手のひらに出来ていたイボがとれたという。今もイボに悩む人々の身代わりに地蔵が祀られている。
(残念ながらここの水を飲むことは今は出来ません。)

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斧割り水役の行者(役の小角)が山頂で大きな岩屋に向かって祈願され、弟子に斧で割らせたところ十人すめば十人の水、百人住めば百人の水が、その自然石から流れ落ち、今も心身ともに健やかなお水と愛飲されている。
   
鍾乳水霊山のふもと鍾乳洞より湧き出る宗谷川の源流は、その水量・水質・水温(10~13度)ともに四季折々の風情の中で何百万もの虹鱒をはぐくむ鍾乳水である。
”鱒になるなら宗谷川の清き流れの虹鱒に”(野口雨情)
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